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徐福公園 高ヒット
2007-12-25 14:44 投稿者: shingukk (記事一覧) [ 45630hit ]
徐福公園
徐福公園
徐福は、今から2200年ほど前、秦の始皇帝に仕えた高官である。始皇帝は万里の長城を築いたことで有名である。強大な権力を持った始皇帝は、全てのものを手に入れたが、残された最後の望みが「不老不死」であった。当時、多くの人は始皇帝の暴政から逃れたいと望んでおり、そこに登場したのが方士(神仙思想の行者)徐福であった。徐福は海のはるか東方に蓬莱という山があり、そこに不老不死の薬草があると欺き、資金と船、医師や技術者などのスペシャリストを要求し、3千人の人々と船出したことになっている。そして、難破しながらもたどりついたのが熊野新宮である。徐福一行は、気候温暖、風光明媚、人情の温かさにほだされてこの地を永住の地と定め、土地を拓き、農耕技術だけではなく、造船、捕鯨、紙すきなど多くの技術を伝えた。また、徐福がこの地で発見した不老長寿の薬草が天台烏薬であるといわれる。徐福は出発に際し、残された人々に「始皇帝は騙された仕打ちに一族を皆殺しにするだろう。だから今後、徐姓を名乗ってはいけないし、中国各地に分住するように」と教え、それを徹底させた。そのため徐福が実在した人物であるとの証明は困難であり、1982年になってやっと認められ、中国の教科書にも載るようになった。
 徐福の伝説は日本各地にあるが、新宮には室町末期すでに徐福の墓があったという説や徐福の墓の近くには昔から「七塚」といわれるところがあり、そこに徐福の重臣7人の墓があったとされていることなどからみて、新宮の徐福伝説がもっともらしくせまってくる。
 江戸初期に初代紀州藩主・徳川頼宣が建立した「徐福の墓」(市文化財)を中心に1996年に整備され、開園したのが徐福公園である。公園内には、徐福の墓のほかに、七塚の碑、秦徐福碑、僧絶海と明太祖との問答、不老の池などがある。また、徐福公園売店では、天台烏薬で作った「徐福茶」も販売している。

僧絶海と明太祖との問答
絶海「熊野峰前徐福祠 満山薬草雨余肥 只今海上波涛穏 萬里好風須早帰」
  熊野の峰の前に徐福の祠がある 山一面の薬草は雨ごとに大きくなっている
  今海上の波は穏やかで 万里良い風が吹いている 徐福よ すぐに帰っておいで
太祖「熊野峰高血食祠 松根琥珀也応肥 当年徐福求仙薬 当到如今更不帰」
  熊野の峰の高台に血食の祠あり 松の根の琥珀も応じて肥える
  当年徐福は仙薬を求め 今日に至るまで帰ってこない

電話番号0735-21-7672
住所:新宮市徐福1-4-24
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