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悩んでないで熊野へおいでよ!NO,16

執筆 : 
shingukk 2009-3-3 16:19
気がつくと、伏拝王子の近くの茶畑の中で、彼は何度も
「気持ちいい〜。」を連発していた。
「こんないいところに連れてきていただいて、ありがとうございました。今度は、充分時間を取ってゆっくり歩いてみます。なんだろ・・・すごく身体が楽なんですね。」
「自分らしさって何だと思いますか?」私は彼に問いかけた。彼は戸惑っていた。
「自分らしさって作るものじゃないですよね。ありのままでいいんじゃないですか?人にどう思われようがいいんじゃないですか?・・・今のままでいいんじゃないですか。素直に感動したり、泣いたり・・・笑ったり・・・そんなあなたが好きですという人がきっと現れますよ。計らいの心は、欲から生まれるって言いますから・・・好かれたいと欲を出すから、かえっておかしいんですよ。計らいの心が自分らしさをなくしてしまっているんじゃないですか。ありのままでいるほうがよっぽど魅力的ですよ。今のように・・・」
彼は、噛みしめるように頷いた。彼自身が自分にかけた呪いから開放されだしたようである。

伏拝王子から本宮大社までは、約3km。標高にして二百メートルほどのなだらかな下り坂である。私たちは、ここからまた車で本宮大社に向かう。
「風のゆく梢の音か瀬の音か、下りの道は心たのしも」土屋文明が雲取越えで詠んだ歌が心地よく頭をかすめる。伏拝王子から少し下ったところに、三軒茶屋跡がある。ここは、中辺路ルートと小辺路ルートが合流した場所で、人通りが多かったのであろう。また、「九鬼ヶ口関所」という看板も目に付く。実際この場所にあったかどうかは別として、この界隈にあったことは確かである。通行手形というと、将棋の駒を大きくしたような形で「通行手形」と書いてあるものを想像する人が多いが、本当は「往来一札之事」と書いた書面で、その書面にその村の庄屋などが、旅する人の住所や名前、年齢、目的などを記入し、関所をスムーズに通過できるようお願いしたものである。熊野本宮語り部の会の案内では、江戸時代末期文久四年の「往来一札之事」のコピーを見せて説明してくれる。

伏拝王子から本宮大社まで、古道を歩くと1時間半ほどかかるが、車だと10分ほどの距離である。本宮大社は多くの参拝者で賑わっていた。
熊野本宮大社は、元々、熊野川、音無川の中洲・大斎原(おおゆのはら)に鎮座していたが、明治二十二年の大水害で流失した。幸い流失を免れた上四社のみ明治二十四年現在の高台に移築再建された。本殿入口の門の前には、熊野では、神の使いとされた三本足の烏・八咫烏の旗が風になびいていた。
「ご存知ですか?あのマーク。日本サッカー協会のマークに八咫烏が使われている関係で、2002年日韓ワールドカップの年には、日本サッカー協会が、熊野三山に大会の成功と日本チームの必勝祈願に来たんです。また、2006年のドイツ大会でも役員が必勝祈願に来ましたよ。」
「へぇ〜そんなつながりがあるんだぁ〜」興味深げに見上げている。
「1枚どうですか?お撮りしますよ。」デジカメに収め、門をくぐった。
「本宮大社・上四社は、社殿は三つしかありませんが、第一殿・第二殿が相殿になっていて第三殿、第四殿と並んでいるんです。その証拠に社殿の前の賽銭箱が四つあるでしょう。熊野三山は神仏習合で、仏様が神の姿で現れて衆生を救ってくれるという本地垂迹説からきているんですよ。第一殿は熊野那智大社の主神。熊野夫須美神・イザナミノミコトで本地仏は千手観音菩薩をお祀りしてます。第二殿は熊野速玉大社の主神。御子速玉之男神・イザナギノミコトで本地仏は薬師如来。第三殿は証誠殿、熊野本宮大社の主神。家津御子大神・スサノオノミコトで本地仏は阿弥陀如来をお祀りしています。この仏を信じ名号を称えるものは、その功徳により極楽浄土に導いてくれるというご利益があります。死後の往生を証明してくれるというところから証誠殿と呼ばれています。以上三殿を三所権現と言います。第四殿は若宮、天照大神、本地仏は十一面観音菩薩です。本来なら上四社の右手に中四社、下四社と建ち並んでいたのですが明治二十二年の洪水で流され、現在は旧社地・大斎原の石祠に祀られています。流失前の全体の規模は、現在の8倍ほどあったそうです。これだけでも荘厳な感じがしますが、想像してみてください。すごいでしょう。明治二十二年の洪水では、この流域は壊滅状態だったんですよ。特に上流の奈良県十津川村は、土砂崩れで復興の目途も立たず、2千8百人余りの住民が十津川村を捨て、果無山脈を生活道具や子供を背負って越えて、北海道に新天地を求めて移住したんです。それが現在の滝川市の近くにある新十津川町なんですね。大変な苦労だったと思いますよ。河口の新宮市でも熊野川が氾濫して、まちなかが2〜3m浸水したそうです。速玉大社の近くの清閑院というお寺の石垣に、その時の水位を記した看板がありますよ。現在も世界のあちこちで天災や人災が起こってますが、人間って偉いですね。こうやってしっかり立ち直っているんですから・・・でも、文明社会にどっぷり浸かってしまうと、イザと言う時、とんでもないことになるかもしれませんよね。自分のことばかり考えて・・・まぁ、そうならないためにも、熊野をしっかり歩いて、あらゆるもののお陰で生かされていることを実感して、周りに感謝できる心を養ってほしいと思いますね。
本宮大社の参拝の順番は、まず主神の第三殿、次に第二殿、第一殿と参り、最後に第四殿に参るのが慣わしです。中世の公式ルートと同じです。京都から中辺路ルートを通ってまず本宮に参り、熊野川を下り新宮へ、そして海岸線を通って那智へと参ります。」
彼は、説明通り、第三殿から順番に参拝を始めた。
一日で熊野三山を回るには、本当に忙しい。本宮大社を出発したのは午後2時半頃だった。

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